SKETCH

Between Growth and Reality in India

― 発展と現実の狭間で ―

私が初めてインドを訪れてから、すでに20年の歳月が流れている。
20年前のインドと今のインドでは、まるで別の国のように景色が変わった。
それでもこの国には、今も変わらないものがある。

初めて訪れたころ、街を歩けばほとんどの女性が色鮮やかなサリーを身にまとい、近代的な高層ビルはほとんど見当たらなかった。
買い物といえばローカルの小さな商店が中心で、衛生的とは言えない環境の店内。舗装されていない土埃の舞う道を、リキシャがクラクションを鳴らしながら我先にと走り抜けていく  ――そんな風景が、当時のインドの日常だった。

この風景の中でも、特に印象に残っているのがリキシャである。
リキシャはインドの街を象徴する移動手段のひとつだが、その呼び名は日本の「人力車」に由来すると言われている。明治時代に日本から伝わった人力車がインドで独自に発展し、形を変えながら現在まで受け継がれてきたものだ。
そのリキシャは今もインドの街で日常的に行き交い、変わりゆく都市の中に今も残り続けている風景のひとつだ。

現在のオートリキシャ

高層ビルの足元では、形を変えながら

今もリキシャが街を駆け抜けている

この20年でインドの都市は大きく姿を変えていった。
その変化を象徴するのが、私たちが出張中に拠点とするGurugram地区である。
かつては小さな町にすぎなかったこの地は、いまやインド有数のビジネスハブとなり、ガラス張りの高層ビルが林立する都市へと変貌した。
巨大ショッピングモールには世界的ブランドが軒を連ね、若者たちは最新のファッションに身を包み、スマートフォンを手に颯爽と行き交う。夜になればネオンが輝き、レストランやバーは活気に満ちあふれている。

GoogleやAmazonなど世界的企業が集積するGurugram地区。

急速な発展を遂げた街並み

夜遅くまで人々の活気が絶えることはない

その華やかな都市のすぐ近くで、もう一つの現実も同じように存在している。
出張での移動中、車窓から何キロにもわたって広がるスラム街の光景を目にすることがある。
ゴミが散乱し、劣悪な環境としか言いようのないその場所で、子どもたちが無邪気に、そして楽しそうに遊んでいる姿を、私は幾度となく目にしてきた。
裸足で駆け回り、壊れたボールや拾い集めたもので工夫して遊ぶ。満面の笑みを浮かべ、友達と笑い合うその姿からは、環境の厳しさを一瞬忘れてしまうほどの生命力が感じられる。

発展を遂げる都市の高層ビル群と、そのすぐ隣に広がるスラム。
その対比の中で生きる子どもたちの笑顔は、この国に「光」と「影」が同時に存在していることを静かに物語っている。

発展の影にある風景

夜もなお、活気に包まれるGurugram

豊かさとは何か。幸せとは何か。

インドの光と影を見つめるたびに、私はその問いを自分自身に投げかけている。
答えは決して単純ではない。それでも、この国が持つ底知れぬエネルギーと、人々のたくましさが、これからの未来を切り拓いていく力になることは間違いないだろう。

20年という時間の中で、インドは大きく変わった。それでもなお変わらないものがある。
変わりゆく都市の姿と、そこに生きる人々のたくましさ。その両方を胸に刻みながら、私はこれからもこの国と向き合い続けていきたいと思う。

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